100万回生きたねこの部屋

スペシャル・インタビュー 唐亜明(タン ヤミン)
私たちの心をとらえて離さない
「100万回生きたねこ」の魅力2017年11月13日(月)

 今回お話を伺ったのは、中国ご出身の唐さん。福音館書店で30年以上にわたって子どもの本の編集に携わっていらっしゃいます。作者の佐野洋子さんとは「北京生まれの同郷」ということもあって馬が合い、編集者と作家の関係を越えて、20年以上親交を深めたということです。唐さんから見た、佐野さん、そして『100万回生きたねこ』の魅力とは?

 佐野さんは北京で生まれ約6年間暮らし、戦後に帰国してからは一度も北京に戻っていませんでした。1999年にイベント参加のため、佐野さんが54年ぶりに北京に戻ります。そのときに私も同行しました。

 北京市内にはまだ、「四合院」という古い建物が多く残っていました。その町並みを見るなり、佐野さんが大声で泣きだしたんです。佐野さんが幼いころに住んでいた家も、この四合院。記憶がどっとよみがえってきたのでしょう。

 そこで、彼女の古い記憶をたよりに、住んでいた家を一緒に探してみました。生家はなくなっていましたが、佐野さんは嬉しそうに「ここは全部私の故郷」と言って手を広げました。そして、当時の思い出をぽつりぽつりと話してくれました。

 ひとり中庭で過ごすことが多かったこと。庭から見上げた空が四角かったこと。ねこが塀の上をいったりきたりしていてそれをただずっと見ていたこと。

 でも、だんだん無口になり、長い時間黙り込んでしまいました。

 じつは、佐野さんは子ども時代に見た四角い空の絵本をつくろうとしていました。大きな木の下で一緒に遊んだ中国人の男の子との思い出話です。そのために絵の具も持参していたんです。編集者の立場とすれば、ここでしっかり情報収集して帰ってもらいたいところ。でも、この沈黙は深く、とても声をかけられる状態ではありませんでした。この様子を見て、佐野さんの人となりがわかったような気がしました。

※四合院:「四」の字は、東西南北の四面を表し、「合」は取り囲むという意味。中庭を囲んで四方に建物を配した建築様式。

 兄弟は7人いましたが、弟の一人は北京で、もう一人は帰国後山梨県で亡くしています。仲のよかったお兄さんも彼女が10歳のときに亡くなり、インテリでハンサムだったお父さんも早くに亡くなっています。北京で暮らしていたころの……まだ元気だった家族のことを思い返していたのかもしれません。

 『100万回生きたねこ』の作品の背景には、中国で過ごした時代の思い出が詰め込まれているのだと思いました。佐野さんが吸った空気、匂い、飲んだ水、食べたもの、見たもの、聞いた音……これらすべてが、発想、美観、センスといった土台になっているのだなと。本人は気にしていないかもしれませんが、人格形成の元ですね。中国から引き上げたあとも波乱万丈の人生。その複雑さから、面白い作品が生まれたのでしょう。


 旅の途中で、佐野さんが「私、中国人」と言ったこともありました。日本人は、相手に気を遣ってストレートにものを言いませんが、佐野さんはまっすぐに表現しますから、やはり中国人の気質が備わっているんです。

 そうそう、「100万回」という表現は日本人からすると突拍子もない感じがありますよね。しかし中国人は誇張が好きで誇大表現を好んで用い、そこに美学があります。

 2004年に中国で『100万回生きたねこ』が翻訳出版されて、すでに100万部以上売れ、「100万回読んでも飽きることがない本」と称賛されています。中国人にとってもこの作品は感覚的にわかりやすく、心の琴線にふれる大事な作品なのです。さらに多くの人に読み継がれていくことでしょう。


唐亜明・タンヤミン
1953年中国北京市生まれ。1983年に来日。早稲田大学文学部を卒業後、東京大学大学院総合文化研究科修了。現在、編集者として出版社勤務のかたわら東洋大学非常勤講師を務める。主な著書に、『ナージャと りゅうおう』(講談社 講談社出版文化賞絵本賞)、『西遊記』(講談社 産経児童出版文化賞)、『森のパンダ』(講談社)など。


佐野洋子・さのようこ
1938年中国・北京で生まれ、終戦後帰国。武蔵野美術大学卒。1967年、ベルリン造形大学でリトグラフを学ぶ。絵本作品に『おじさんのかさ』(講談社 サンケイ児童出版文化賞推薦)、『わたしのぼうし』(ポプラ社 講談社出版文化賞絵本賞)、エッセイに『ふつうがえらい』(新潮社)、『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫 小林秀雄賞)、『死ぬ気まんまん』(光文社)などがある。2003年紫綬褒章受章。2010年永眠。享年72。









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