第60回(2019年) 講談社児童文学新人賞 選考経過・報告

審査員の先生方の選評(五十音順)2019.9.26

  • 小林深雪先生

    『保健室経由、かねやま本館。』
    保健室のベッドの床下から行ける不思議な温泉「かねやま本館」。学校で嫌なことがあったときは、背中の重い荷物を下ろして、温泉に入って、おにぎりを食べて、のんびり休んでいいんだよ! という明快なメッセージに、元気をもらえる小・中学生は多いはず。「保健室の山姥」と呼ばれる銀山先生、温泉の美女女将、小夜子さんをはじめ登場人物のキャラクターも立っていて、シリーズ化しても楽しく展開できそうです。

    『魔女と花火と100万円』
    主人公に好感も持てるし、文章も読みやすかったのですが、物語に意外な展開がなく、全体に、こじんまりとしてしまったように感じます。インパクトのあるタイトルのキーワードを生かして、中学生たちが100万円を稼ぐまでを描いてもよかったと思います。

    『あおいの世界』
    親の転勤でカナダに住むことになった小学生の主人公、あおい。そのあおいといっしょにカナダでの日常生活、小学校、友達や近所の人との交流などを経験できて、ワクワクしました。ただ、あおいが、ほとんど英語を話せない設定なのに、ところどころでスムーズに理解したり、また全くわからなくなったりとバラつきがあったのが、少し気になりました。

    『瑠璃子姫とオニの鈴』
    天武2年、太宰府に新羅の使いが訪れるシーンから始まる物語で、史実も丁寧に調べて細かく書きこんであり感心しました。が、児童向けの読み物としては、そこが逆に、とっつきにくく難しい印象を与えてしまっているのでは? と思います。鈴丸にツノが生えるシーンなど、迫力があって魅力的だっただけに惜しいです。
  • 那須田淳先生

    最終選考に残った四作は、いずれも「読ませる」作品で、今後への可能性を感じさせてくれたことをまず述べておきたい。

    その中で、受賞した『保健室経由、かねやま本館。』は、やはり一つ抜きんでていたのではないだろうか。保健室から通じる不思議な温泉につかりながら、匿名の子どもたちが互いに心を開いていくという設定も、読者の共感を得るのではないかと思う。

    『魔女と花火と100万円』は、家庭事情で内向的になっていた主人公が文化祭の復活を企てる仲間たちに引き込まれ、立ち直ろうとする物語。「子どもができること」に真摯に向き合っていく姿に好感が持てた。ただし、タイトルの100万円が活かしきれていなかったのが残念。

    『あおいの世界』は、外国生活を通じ、自分が何者かを考える物語。良い意味で児童文学らしい秀作だがやや素直すぎた。海外の「今」を感じさせてくれる何かをもっと書き込んで欲しかった。

    『瑠璃子姫とオニの鈴』は古代を舞台にした歴史ファンタジー。作家としての力量を感じたが、知識や要素が消化しきれていなかったことやタイムリープを使う必要があったか等、気になる点も多かった。
  • 茂市久美子先生

    『保健室経由、かねやま本館。』は、主人公が、保健室の床下にある温泉旅館かねやま本館に行くことで、これまでの自分を見つめなおして元気になっていくストーリーがたのしく、温泉旅館も、実に魅力的に描かれているのに感心しました。惜しむらくは、温泉に入るにあたっての決まりや主人公の兄のことなど気になることが多く、温泉での決まりをしっかりさせれば、『妖怪アパートの幽雅な日常』のようなシリーズ化も夢ではない作品だと思いました。

    『魔女と花火と100万円』は、いつもまわりに気をつかい、自分の思ったことを口にすることのできない主人公の杏が、文化祭をとりもどす手伝いをすることで、少しずつ自分の殻をやぶっていく姿に好感をいだきました。ただ、空想好きの杏が、時おり夢想する場面やノートに書く話が物足りなく、タイトルに魔女を出すなら、空想の部分をもっと書く必要があると感じました。

    『瑠璃子姫とオニの鈴』は、物語の背景となる太宰府の地形や歴史、宗教等について、丹念に調べているのに感心しました。筆の力も大いにあると思いましたが、調べたことを書きすぎたせいで、作品が必要以上に長くなってしまったのが残念でした。また、鈴丸が、過去の世界に捨てられるという設定に、違和感があり、最後、鈴丸が瑠璃子のもとに帰ってくるところは、もう少し紆余曲折を経てからのほうがよかったのではと思いました。

    『あおいの世界』は、主人公のあおいが、父親の海外赴任でカナダに行き、日本とカナダのふつうはちがうことにとまどいながらも、まわりの環境にとけこんで成長していく姿が、バランスよく描かれ、海外ならではの登場人物たちも魅力的で、最後まで、たのしく読むことができました。英語での会話の出し方に、くふうが必要だと思いましたが、作品としての完成度が高く、今回一番に推しました。
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