バレエ「くるみわり人形」は、ロシアの作曲家・チャイコフスキーが作曲し、プティパとイワーノフの振付けで、1892年に初演されました。原作は、ドイツの作家・ホフマンの『くるみわり人形とねずみの王様』です。バレエ作品で扱うのは、全体のストーリーの半分にも満たない部分で、これが、現在一般的に知られている「くるみわり人形」です。
この絵本は、バレエの舞台を体験しながら、おはなしを楽しめるようになっています。
クリスマスイブ、クララが人形師・ドロッセルマイヤーからもらった醜いくるみわり人形。真夜中に登場するねずみの軍隊。戦いに疲れたくるみわりを、やさしくいたわるクララの愛情が魔法をとき、くるみわりは美しい王子の姿に戻ります。ここから先は。バレエの舞台ならではの展開が待っています……。
・文/石津ちひろさんからのメッセージ
編集者の(チ)さんより、バレエ公演を絵本化してほしい……というお話をいただいたとき、大喜びで引き受けた。バレエ関係の翻訳に長年たずさわっていたし、娘もバレエをやりつづけているので、私にぴったり! と考えたのだった。
ところが、いざ始めてみると、さまざまな壁(ダンサーの動きを、言葉でどう表現するか……チャイコフスキーの美しい音楽を、いかに伝えればいいのか……etc.)にぶつかった。それでも何とか仕上げることができたのは、バレエにかなり詳しい(チ)さんの的確なアドバイスと、娘の惜しみない助けがあったお陰だ。
堀川理万子さんの――凛としていて、なおかつチャーミングな――絵がついて完成されたゲラ刷りを見たときには、おもわず抱きしめてしまったものでした。
・絵/堀川理万子さんからのメッセージ
このたび『くるみわり人形』の絵を描かせていただきました。私の仕事の領域は言葉で説明するよりも、と思い、ある1ページの制作過程をご紹介したいと思います。
1.
まず、鉛筆で、上質紙に、ラフ(下絵)を描きます。
これは、くるみわり人形を持って、クララ(主人公)が踊るシーン(部分)。
2.
すべてのページのラフを、石津さん(作者)、(チ)さん(編集者)に見てもらい、意見を聞いて、本画(本番)にかかります。
今回、使用した紙は、キャンソンJA。
木製パネルに水張り(紙が波打たないようにする紙の張り方)してから、描きます。
絵の具は、クサカベの樹脂絵の具、アキーラ。
そして、筆とエアブラシ、水性ペンを使いました。
これは、途中段階です。バックが、まだありません。
クララもまだ素顔です。
3.
クララのバックを描き、
エアブラシで、中間色を吹き付け、舞台照明の雰囲気が
感じられるようにしました。
本画が、全部できあがってから、子どものときから長年バレエをやっている方(実は、石津さんのお嬢さんです!)に、手指・足の向きなど、正しいバレエの動作になっているか、チェックしてもらいました。
それを参考に、また、筆をいれました。
これで完成です。
全体が、どんな絵になったかは、実際の絵本で見てくださいね!
石津ちひろ(いしづ ちひろ)
1953年、愛媛県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。3年間のフランス滞在を経て、絵本作家、翻訳家として活躍中。『なぞなぞのたび』(フレーベル館)で1999年にボローニャ児童図書展絵本賞、『あした うちに ねこが くるの』(講談社)で2001年に日本絵本賞を受賞。『しりとりあいうえお』(偕成社)、『ことばあそびえほん』(のら書店)などの作品がある。また詩集に『あしたのあたしはあたらしいあたし』(理論社)、翻訳絵本に<リサとガスパール>シリーズ(ブロンズ新社)、『おしゃべりねこの グリグリグロシャ』(講談社)などがある。
堀川理万子(ほりかわ りまこ)
1965年東京生まれ。東京芸術大学美術学部デザイン科卒業、同大学院修了。絵画作品による個展を毎年開催するほか、グループ展、出版など幅広く活躍。絵本に『あーちゃんのたんじょうび』(偕成社)、『ぼくのシチュー、ままのシチュー』『くまちゃんのふゆまつり』(ともにハッピーオウル社)、挿絵作品に『シロクマたちのダンス』(偕成社)、『きつねのスケート』(徳間書店)、『小さな男の子の旅』(小峰書店)などがある。
この絵本は、今の編集部に異動してきて、まっさきに浮かんだプランでした。バレエ作品そのものを描いた絵本は意外とない、ということを、ある人から聞いて、それが心のどこかにずっと残っていたのです。その人は、バレエを始めた自分の娘のために、バレエの絵本があったら、と探していました。
私自身は、大学生のとき詳しい友人に連れられていったのがきっかけで、バレエを観るようになりました。自分も子どもを持つと、はやく劇場に連れていきたいと思いました。そして、絵本で劇場を疑似体験させられたら、という気持ちに、気がつくと自分も、なっていたのです。
あったらいいな、と思う絵本をイメージして、構成を考えました。石津ちひろさんには、はやくから相談にのっていただき、アドヴァイスをいただきながら進めました。
表紙をひらいた瞬間から劇場に足を踏み入れた気分になりたい、絵は公演そのものを再現したい、とくにディベルティスマンという、おはなしには直接関係ないダンスの見せ場を描きたい(ふつう、おはなしの絵本にこのシーンはありません)。さらに作品成立の背景も説明したい、バレエを観たことのない人も楽しめて、詳しい人も満足できる内容にしたい、と思いました。
画家の堀川理万子さんとは、はじめてのお仕事でした。たいへんな精力を傾けて、取材・制作に取り組んでいただき、すばらしい絵を描き上げてくださいました。この絵本は見返しも、奥付も、すべて描きおろしの絵でうめつくされている、とても豪華なものです。それだけに厳しい仕事でもあったはずです。
「子ども向けの本は、はじめて」とおっしゃりながらもわかりやすい解説を書いてくださった舞踊評論家の長野由紀さん、 ダンサーのポーズをチェックしてくださった北村ゆりさん(石津さんのお嬢さん)、19世紀の服飾についてご教示くださった、文化服装学院教授の石井雅子先生、クラシックな装丁をデザインしてくださった坂川事務所の田中久子さん、そして文を書いてくださった石津ちひろさん。みなさんの愛情あふれるお仕事に、この場を借りて感謝申し上げます。
読者のみなさまには、ぜひご感想をお寄せいただきたく、お待ちしております。(チ)
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