賞味期限
井辻朱美
今回は『世界の名作童話』なので、『日本名作童話』より、カバーする範囲が広い。とりあげたい作品の数も多い。グリムやペロー、アンデルセンなどの基本童話は入れたい。『ふしぎの国のアリス』や『ピーターパン』、『クマのプーさん』など、だれでも知っている古典も入れたい。うちの大学の学生(児童文化学科)に人気のある作品は……と、選んでいるうち、(ことさら趣味を発揮したつもりはなかったのに)ファンタジーばかりになってしまった。
それで、見えてきたことをひとつふたつ。
ひとつはディズニーの圧倒的存在だ。
名作ファンタジーは、ディズニーがほとんどアニメ化している。おかげで、おとな子供を問わず、知名度、愛され度、抜群なのである。原作にない可愛い脇役が出たり、すてきな音楽がついたりして、原作をしのぐ人気だ。
そもそも、アニメやミュージカル、映画などに焼きなおされる作品は、ファンタジー的なものが多い。時代や場所、年齢をこえてわかるから、アレンジの意欲もわく。たとえば『美女と野獣』はギリシアの伝説に始まり、いろいろな作家が再話しつづけ、二十世紀にはジャン・コクトーの映画になり、ディズニーのアニメになり、ミュージカルになった。原作が愛されるから、それをアレンジした二次的作品が次々生まれ、それにふれた人が、また原作への関心を高め……という好循環になる。
これに対して、その時代や社会に密着したリアルな作品は、時間がたつと、理解されにくくなる。実は作品の選択をしているとちゅうで、アーサー・ランサムの名前が消えたのは、わたしより下の世代で知らない人が何人もいたからだ。名作も忘れられるのだ、と目から鱗が落ちた。
だから、ふたつ目の発見は、物語の賞味期限である。
事実に依拠していることを強みにするよりも、想像力に依拠していることを強みにするほうが、文学としての寿命は長いらしい。
そして、「名作」として殿堂入りするのは、賞味期限の長いものなのだ、ということも。
絵空事のように思われることのあるファンタジーの底力を見てしまった思いがする。
昨年10月刊行の『決定版 心をそだてる これだけは読んでおきたい 日本の名作童話』に続き、「世界の名作童話」をお届けいたします。
作品を選ぶにあたり、どこが「日本」と大きく違ったかといいますと、なんといっても“流血もの”が多かったことです。「灰かぶり」「赤いくつ」「アラビアンナイト」……。流血しないまでも、相手を食べちゃう、とか、石にしちゃう、溶かしちゃう(!)というのもありました。
スゴイ。われら農耕民族の肌感覚とは、およそ遠く隔たったものですが、この「理解不能な途方もなさ」こそ、「世界」の真骨頂では、というのが、今の私の思いです。なんだかよくわからないけど、自分たちとは違うもの(暮らし方や価値観)が、この世には存在するということを、読者である子どもたちに知ってほしいと思うのです。
それと、気づいたこと、もうひとつ。「高慢」という言葉が多く登場していることです。お話のなかで、
「高慢」と表現された人は、必ず懲らしめられます。「高慢」は、時代や洋の東西を問わず戒められるものなのですね。謙虚に生きよ、というメッセージは、現代では面と向かって語られなくなっているため、とても新鮮に感じました。
今回も、すばらしいイラストが全編を彩っています。また、コラムも出色の面白さ。どうぞご期待ください。(チ)