ある王家の王女オデットは、悪魔ロットバルトの魔法で、昼間は湖の白鳥の姿にされています。愛を誓ってくれる男性が現れてはじめて、魔法が消えるのです。
ある晩、誕生日の宴を抜け出した、その国の王子ジークフリートが、湖にやってきて、オデットに出会い、きっと自分が助けようと決意するのでした。
翌日、花嫁選びの宴に現れたオデット。喜びにあふれたジークフリートは母の王妃に彼女を引き合わせ、愛の誓いを立ててしまいます。それは、悪魔が送り込んだ偽のオデット=オディール(黒鳥)でした……。
悪魔に翻弄される、オデットとジークフリート王子。ふたりは幸せになれるでしょうか?
・文/石津ちひろさんからのメッセージ
幼い頃から、「白鳥の湖」が大好きだった私にとって、このバレエ作品を絵本化できるというのは、大きな喜びでした。
文章を仕上げ、いよいよ絵を描いていただく段になって気づいたのですが、「白鳥……」は、全ページを通して本格的なバレエ・シーンだけで成り立っているのです。
最初はかなり不安そうだった田中清代さんですが……、担当編集者(チ)さんの的確なアドバイスを受け、娘(北村ゆり)が繰り返し、取って見せるバレエのポーズを長時間にわたり、丹念にスケッチし、素人の私の意見にも耳を傾けてくださるうちに……、少しずつ(清代さんの描く)ダンサーたちの背筋が伸びていき、筋肉もどんどん付き始め、やがて躍動感も生まれてきたのでした。
そして気がつくと、現在のような、“神がかった”絵が出来上がっていたのでした。
幼かった頃の私にも見せたいような絵本が、ついに完成しました。
・絵/田中清代さんからのメッセージ
老いも若きも、楽しみに来ている--------パリのガルニエ宮 (オペラ座)でバレエを観たとき、フランス流らしく皆お洒落でありながらカジュアルな雰囲気の観客の中に、自分も居ることが不思議だった。私が観たのはオペラ座バレエ学校の定期公演。プログラムを売る呼び声、休憩時間のにぎやかなロビーやバー。私もこの時とばかり、奮発してシャンパンを味わってみた。
「白鳥の湖」のイラスト制作にあたり、人体描写を通して、ダンサーがその身体を使い、役柄をしっかり表現していることを知ることができた。それを細部まで指導してくださったのが石津ちひろさんと、お嬢さんのゆりさん。教えてもらったことをアトリエに持って帰ると忘れてしまうので、結局は数回にわたり、その場で下絵を描いては見てもらい、直していくという方法でバレエダンサーのポーズを一緒に作りあげていった。ゆりさんに目の前でポーズをとってもらうと、本当に美しかった。最終の下絵を詰める時など、なんと12時間もお世話になってしまったが、お話を伺いながら熱心に仕事をするうちに、夢のように時間が過ぎていた。
そうして出来たものを版画でもう一度描くのには時間がかかってしまった。けれどもロマン主義の好きな私にとって、背景画や衣装のために集めた画集や本を参考に、取捨選択をしたりすることが、歴史を感じられる、とても楽しい作業となった。
劇場、音楽、美術、衣装、そしてダンス。様々な要素が織りなすバレエの世界を、少しでも伝えることができれば嬉しく思う。
※写真=パリ・オペラ座の客席(上)とエントランスの階段(下)/田中清代さん撮影
石津ちひろ(いしづ ちひろ)
1953年、愛媛県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。3年間のフランス滞在を経て、絵本作家、翻訳家として活躍中。『なぞなぞのたび』(フレーベル館)で1999年にボローニャ児童図書展絵本賞、『あした うちに ねこが くるの』(講談社)で2001年に日本絵本賞を受賞。『しりとりあいうえお』(偕成社)、『ことばあそびえほん』(のら書店)などの作品がある。また詩集に『あしたのあたしはあたらしいあたし』(理論社)、翻訳絵本に<リサとガスパール>シリーズ(ブロンズ新社)、『おしゃべりねこの グリグリグロシャ』(講談社)などがある。
田中清代(たなか きよ)
1972年、神奈川県生まれ。多摩美術大学絵画科卒業。1995年ボローニャ国際絵本原画展ユニセフ賞受賞。1996年同展入選。1997年『みずたまのチワワ』(文=井上荒野、福音館書店)を発表後、絵本中心の制作活動に入る。作絵作品に『トマトさん』(福音館書店)、『おきにいり』(ひさかたチャイルド)、『おばけがこわいことこちゃん』(ビリケン出版)、絵を手がけた作品に『ねえ だっこして』(文=竹下文子、金の星社)、『いってかえって星から星へ』(文=佐藤さとる、ビリケン出版)、『ひみつのカレーライス』(文=井上荒野、アリス館)などがある。
田中清代さん、記念すべき初登場です!
このシリーズの文を書いてくださっている石津ちひろさんと、「白鳥の湖」は田中清代さんにぜひお願いしたいものですね、と相談したのが、たしか3年くらい前。そして、田中さんご本人にはじめてお会いしてから、実に2年半以上の時間が経ちました。
その間バレエ公演にごいっしょしたり、なんとパリ・オペラ座にまで観にいってくださったり、北村ゆりさんの指導で手の向き、脚の角度を何回も手直ししたりと、熱心に取材・研究を重ねてくださった結果が、このすばらしい絵の数々となって結晶しました。
今はとても有名なバレエ「白鳥の湖」ですが、初演の演出は改訂されて今に至っていると舞踊評論家の長野由紀さんも解説に書いてくださっています。原典の脚本は、オデットを悪魔の魔法から救い出すためには、王子は自分の命を投げださなければない、という設定になっており、結局オデットは悪魔の手に残されたまま、王子は湖で命を落とすという結末でした。
この絵本では、ハッピーエンドを採用していますが、愛する人のために命がけで戦うという大テーマの切迫感は充分に表現できたのではと思っています。
バレエの絵本、という最大の特徴についてお話したいのですが、「白鳥の湖」の作品としての魅力は、書いていると大変なことになってしまうので、そこはやはり長野さんの解説に譲ることにします。 絵本の中でダンサーが踊り、3幕のディベルティスマン(物語の筋に大きな関係はなく、踊りそのものを楽しむシーン)も、実際の公演のように描かれているのが、この絵本のお楽しみどころ。劇場で観たことのある人なら公演を追体験でき、はじめてこの作品に触れる人には劇場にいる気分に浸って楽しんでいただけます。
ぜひ、本屋さんで手にとってご覧ください。(チ)
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