——原画と絵本になったときの見え方の違いは?
原画は、直筆の絵がただそこにある、というだけ。「きれい」「うまく描けてる」だとか、「制作の息遣い」とか、「ここ直してるな」ってくらいの見え方ですよ。でも絵本は、1冊32ページ、40ページ集まってひとつのものになる。絵本の原画1枚は、1/32の力しかないんですね。でも。1冊になるとすごい力を発揮する。そこに気がついたんです。綴じられた紙をめくっていくことで展開するのが絵本の世界。それは映画でもアニメでも漫画でもない、独特の世界だってことに。
心地よい風が通り抜ける、岐阜中津川のアトリエにて。
——32ページのチームワークですね
そう。みんなエースストライカーじゃだめなわけ。それだと画集になるのね。フォワードがあってバックスがあって、いろんなプレイヤーがいてそれぞれが役割をもってゲームを展開していく感じですね。前後の流れの中で自分のページの役割を意識していくというようなことだと思います。
——模写して見えたことは、ほかにありますか?
『のらいぬ』は、絵の配置が最初左なんです。文字が右で。途中灯台がでてくるシーン、ちょうど綴じ糸のある真ん中のページを境に、絵の配置が右になるんですね。左開きの本の場合、めくったときに、視点は普通、右なんです。だから、絵も右じゃないと。でも、登場人物が灯台のどのあたりにいるのかを見せながら、舞台やシーンにそって効果的な演出がされていることに気がつきました。裏技ですよね。気がつかなきゃそれでもいいんだけど、その世界へ読者を引きずり込むしかけがちゃんとあったんです。構図や、絵の流れに文字をどう入れていくかなど、絵本の表現のおもしろさにやられちゃったという感じです。
——ご自身の最初の作品は、どのように生まれましたか?
デビュー作『ピンク、ぺっこん』(初版福武書店、現徳間書店)を出すまでは、かなり苦労しました。絵本作家になろうと決めたのに、何を表現したらいいか、かんたんには出てこない。いくつか絵本を描いて出版社に持ち込みましたが、全然だめで。
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『ピンク、ぺっこん』
村上康成/作
徳間書店
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春に生まれたヤマメの子ども、ピンク。川のなかをすーいすい泳げば、ときどき怖い目にもあうけど、ピンクは毎日元気いっぱい! 村上康成のデビュー作。
あるとき、ヤマメやイワナ釣りの話を夢中になってしていたら、編集者に、「ヤマメいいじゃん! そんなにヤマメが好きなら、それで絵本を描けば?」いわれました。え? それでいいの? って思いましたよ。それからも七転八倒の毎日でしたが、やっと誕生したキャラクターが、ヤマメのピンクなんですよ。
——作品作りで目指した方向は?
テーマは、一匹のヤマメの命の輝き。それを通して自然と遊ぶことの楽しさ、こんな世界があるんだよってことを伝えたかった。僕自身が経験した川の空気、風、音、匂いなども含めて、画面で見せていきたかったから、まあ、かんたんじゃないですよ。何度もダミーを作って、めっくて確認して、という作業を繰り返しました。ダミーを作るとテンションがあがるんですよ。そんなことをやりながら、新たな発見もあったりして、苦しみながらも楽しめたところもあります。語りすぎず、能の様式美を思わせる凝縮されたアート作品をめざしました。
デビュー前のダミー! 何度も試行錯誤を重ねている。
——ふだんの創作で、大事にしてることはなんですか?
結局のところ、ボロボロになりながら絵本をつくっていますが、ボロボロになった先に、究極の楽しさがあるんです。絵本をつくることってディレクションしていくことでもあるんですね。自分が中の絵をどう描いていくか、何を描かせるのか、指令をだしていくわけですよ。例えばおたまじゃくしを1000匹描いたら効果的ってときに、そんな面倒なことしたくないって思う気持ちもあって、どっちを選ぶかってことでしょう。作品全体を見通しながら、ここ白でいく? いや赤でしょうって考えてながら。課題を自分に与えることで、新たな自分も見えてきます。この部分が絵本作りの醍醐味でもあります。だから心残りのないよう、とことん考えます。
あと、表現したいことをちゃんと伝えるためには、身の丈ほどの習作を重ねることも大事だと思っています。プロでやっていくなら特にね。そうやってできたものでも、本人の中ではものすごく頑張って作ったつもりでも、あとになってみると反省材料ばかりで、まあ、いつもリベンジって気持ちで次に挑んでいますね。
「釣りをしていて突然絵本のアイデアが浮かんだりしますか?」って質問よくされるんです。でも、釣りをしているときは釣りに集中してるので、仕事のことなんて一切考えません。自然や魚たちと、全身の機能フル回転、毛穴全開で一生懸命遊んでますよ(笑)。でも、その遊びを通して、体にはいろんなものが吸収されているのかもしれません。なにごとも楽しいって思えないと続きませんからね。絵を描くもの同じことです。楽しみながらやるのがいちばんです。
スティールヘッドとの死闘に勝利し、ご満悦のご様子。
楽しみながら描けたものは、きっとだれかに見せたくなるはず。「きた〜!」と思ったときは、まわりのひとに見せて、ワクワクを共有するのもいいかもしれません。絵本って、お勉強じゃないし、とくになにか役に立つから読むってものじゃないでしょう。「あ〜、おもしろかった」ってくらいですよね。でも、勇気とか、自信とか確信みたいなものが、読み手に入って、その人の力にはなると思うんです。もうひとりの自分の目覚めのときもある。ぼくの絵本からも、そんなうごめくなにかをみつけてもらえたらうれしいですね。
─講談社から刊行されている村上さんの作品―
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『星空キャンプ』
村上康成/作
講談社
初めてキャンプにきた少女と両親。鳥や、虫や、魚、そして森や、風や、水――自然とのふれあいを通して、たくさんの生命とともに生きている喜びを肌で感じる。 |
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『いのちのおはなし』
日野原重明/文 村上康成/絵
講談社
日野原先生が、10歳の小学生に向けて行っている「いのちの授業」を絵本化。黒板にチョークでいのちに見立てた線をひいていく様子は、臨場感たっぷり! |
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