——タブローの絵と子どもの本の絵って違いますよね
そうですね。ただ、子どものときに本を読むのがすごく好きで、挿絵をじっくりみるのも好きで、文と挿絵の距離感みたいなのは、子どものころからよく知っている世界だった気がするんですね。それで、お仕事をいただいたときには、難しいというよりも、「あ、なんか懐かしい」って思って。文章になっていない隠れたお話を探して絵にするのが楽しいんです。
自然光が差す時間帯は、タブローの制作に、
その後を絵本やイラストの制作時間にあてているそう。
——お好きな児童書は?
小3年くらいまでは、『大どろぼうホッツェンプロッツ』(オトフリート=プロイスラー)『長くつ下のピッピ』(アストリッド・リンドグレーン)『ナルニア国物語』(C.S.ルイス)などが好きでした。学研の「学習」と「科学」という毎月送られてくる雑誌も楽しみで、隅から隅まで読んでいました。
中学のときに学校の近くに「クレヨンハウス」ができて、ときどきに遊びにいっていましたね。例えば、『はせがわくんきらいや』(長谷川集平/作 ブッキング)をみて、「ほー、こういう絵本があるんだ」なんて思っていました。
——子どものころは、どんなふうに絵本をみていましたか?
文章と絵がぴったり合っているときは、これは、どうやってこんなに上手くくっついているんだろう? 話し合うんだろうか? たまたまかな? いやそんなはずはない……などと考えていました。子どもの感覚ですから、作る現場があるなんて想像してないですし、分業でやっているってことが、不思議でしたね。子どものころから考えごとが好きなんです。理屈が好きで、いつも「なんでなんだろ」「なんでなんだろ」って考えてた。
タブローは、キャンバスに水性の下地をつくり、そこにテンペラの技法(顔料と糊を練り合わせて描く)で描いている。ボードも形がまちまち。電動ノコギリでカットして、そのつど自分で作っている。
——そういった考えをご家族と話していたんですか?
家族ではなく、隣の家に住んでいた、すごく仲のいい同い年の友だちと。ほんとに小さいときから毎日遊んでいて、彼女がいろんな世界につきあってくれたなって思うんですよね。きょうだい以上に仲良しでした。
幼稚園時代のことなんですが、絵を描いてみせあいっこしたり、折り紙を交換して、「どうしてこの折り紙をいいと思ったか」って理由をお互い説明するんですよ。例えば彼女が、私の持ってる折り紙のなかで、思いがけないものを、好きだというんですよ。で、「わかんない、この折り紙のどこがよくってこれを選びたいの?」なんて私がいうと、彼女が「この色使いがすばらしいと思わないか」などと理由を説明してくれるんです。また、私が何気なく描いた白菜の絵をみて、彼女が「これはすばらしいね」っていってくれることもありました。「どこがすばらしいの?」って聞くと、いちいちまた説明してくれるんですよ。
彼女が紹介してくれた『スモールさんはおとうさん』(ロイス レンスキー)という本があったんですけど、「この本、すばらしいからみてごらんなさい」って教えてくれて。読み聞かせもしてくれました(笑)。4歳、5歳のころのことですよ! 美意識も彼女に育ててもらったようなものです。
一昨年に、『おへやだいぼうけん』(教育画劇)という絵本を作ったのですが、その子と遊んでた体験がもとになっています。
子どもの本に関わるようになって、子どものときの記憶が掘り返されて、「あのときああだった」って、どんどん鮮明になってくるんです。芋づる式に記憶が呼び出されてくるっていうか、ほんとに夢中で絵の勉強をしていたころより、いまのほうが子ども時代に関しては、鮮明な感じがしますね。吸収力が減ったぶん、引きだしを開けるってことなのかもしれませんね。
——絵本作りって、簡単じゃないですよね?
簡単じゃないですねー。だからほんとに、最初にこれはいけるって思っても、その最初の発想そのものが間違っていて、あとでくっつけたもののほうが生きるっていうこともありますし。初めての創作絵本『ぼくのシチュー、ままのシチュー』(ハッピーオウル社)のとき、最初にリンゴをテーマに絵本を描きたいって思ったときから、完成までに、3年くらいかかりました。
自作の絵本を作るまえに、いろんな作家さんの文章に絵をつけて絵本を作るってことを何冊かしていたおかげで、文章と絵の関係っていうのをちょっとはわかっていたような気もするんです。あとで、錯覚だったっていうこともわかるんですけど。なので、ほんとに、文章でいってることは絵でいう必要はないってことを、くりかえし、くりかえしそれをトレーニングしてもらっていたのでしょう。どうやって絵でいってないことを文でいうか、文章でいってないことを絵にするか、ほんとに必要なことだけを、絵にしろ、文にしろ、どうやって……。こっちをいじっちゃうとあっちがなしくずしになって、こっちをいじっちゃうと、絵、そのものを変えることになるっていうような。ほんとに、エライことになったと思いました。
バレエ絵本『くるみわり人形』のラフ。下調べは入念に。
——絵本を作りはじめてから、タブローで描く絵が変わっていますか?
きっと絵本もタブローの世界もつながっているんでしょうね。絵本は、印刷が仕上げをしてくれるし、印刷用になるべく上がりがいいようにと、意識しています。タブローはタブローで、線一本一本をみんなの生の目が見るから「この線が」っていうふうに意識しています。でも、最終的には、表現するっていう意味では、どちらも同じじゃないかしら。だからそれがつながっているっていうのは当然だなと思います。最近、とみにそう思うようになりましたね。
——技法は?
技法に関しては、タブローはテクスチャーの問題があるので、それは厳密ですね。箔を使うこともあります。絵本でも最近箔を使うことありますけど、盛り上げとか、つや消しの描き上がり、「絵肌」をものすごく意識しています。絵本は、素材は自由だと思うんですね。アクリルガッシュをよく使いますが、なんでもありです。でもやっぱり、つや消しな描きあがりになるものが好きですね。素材でも本でも。
タブローってものすごく凝縮された世界観。時間の流れを一枚の中に込めるとか、現れているものは、描いてあるものだけがいってることじゃないというか……、「かぼちゃ」を描いて「かぼちゃ」ですっていってるわけではなくって、時間とか存在とかっていうものを、自分はこういうふうに考えているっていうことを、タブローではいっているんだと思うんですよね。
絵本では、時間の経過を流れとして、みせたいんですよね。一冊でこういう時間が経って、こうでしたっていう流れ。タブローと絵本では、それがすごく大きく違うのだけど、でも、やっぱり世界はこういうふうなんです、っていうのを表現するのは同じなんでしょうね。
絵本の画材は、主にアクリルガッシュ。
——これから絵本作家としてやっていきたい人たちへのアドバイスは?
出すためには、いろいろな人に会ったり、みたり、聞いたりして、吸収しておかないと。あとは、ひたすらトレーニング。絵を描くとか、手を動かすとかにつきるんじゃないかな。
私も十代のときに絵を描くトレーニングをはじめて、そのときトレーニングしたことが役に立っていると思います。絵を全体に1センチ動かすことって、パソコンのなかでは簡単です。でも、実際に絵を動かすということは、全体を描いて動かすことなんですね。全体を描きかえながら、描いては消し、また新しいものを描くっていう辛抱みたいなもの、いつゼロに戻っても、くじけないで立ち上がれる根気が、すごく役に立つと思うんですよね。タフさみたいなのが、その人を助けるんじゃないかなって。
——絵を描くにあたって、いちばんだいじにしていることってなんですか?
自分がいろんなことをナメてないか? とか、ないがしろにしてないか? というようなことを、いつも確認しながら毎日やっています。ここはいいやって思うと、その蓄積がどんどん自分をダメにする気がして。この色を直したら、あと大変だしなって思ったら、もう腐っているんですよ、自分が。楽をしているんじゃないかって状態がいちばん恐いんです。「自分の絵は絵になっているのか?」という問いかけを、いつもいつもしています。ほんとに、中年になってもこのペーペー感が抜けないのが悩みなんですけど、でもきっと一生こうなんだろうな(笑)。
旧東ドイツ製のお気に入りのクマの人形と、そっくりに作ったレプリカ。
人形の奥にあるのは手作りの刺繍(ニードルポイント)のクッション。
─講談社から刊行されている堀川理万子さんの絵本―
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講談社の創作絵本
『バレエ名作絵本 くるみわり人形』
石津ちひろ/文
堀川理万子/絵
クララがクリスマスに人形師のドロッセルマイヤーからプレゼントされた人形は、かわいいとはいえない「くるみわり人形」でしたが……。バレエの舞台を再現した絵本。 |
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『決定版 心をそだてる 松谷みよ子の日本の神話』
松谷みよ子/文
遠いはるかな昔から人々が語り継いできた日本の神話。
古事記や日本書紀、風土記などに記された神話には、日本人の心の原風景があります!
小学校1・2年生の教科書にも掲載される「ヤマタノオロチ」「因幡の白うさぎ」ほか、この1冊で日本の神話のおもだったお話がすべて読める決定版。
堀川さんは、「国生み」など6話の挿絵を担当。 |
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