読み聞かせのとき、祖母の担当は昔話や民話系。祖母の声の感じやぬくもりがお話にぴったりで、聞いていて安堵感がありました。父や母、祖母からいろいろな絵本を読んでもらって、絵本のなかのさまざまな世界を冒険しました。絵本そのものが好き、というのももちろんありますが、絵本を通じて、読んでくれる人と楽しい時間を過ごせるということが、うれしかったんでしょうね。
ものづくりが好きな家族で、父とは、いっしょにお話を創ることもありました。父が、「あるところに女の子がいました。さてどんな女の子かなあ?」といいながら、私にも考えさせるんです。紙芝居もいっしょに創りました。母は旅行にいくと、そのときの絵本をつくってみたり、イチゴ狩りにいったらビニールハウスのミニチュアをつくって遊んでみたりといろいろなものをつくって楽しんでいました。私はお話の世界だけでなく、探検が好きで、いろいろな場所に、秘密の小道とか竜の穴とかツツジの家とか名前をつけていましたよ。
——やりたいことを見つけられずに、なんとなく漂っていた青春時代
中学高校時代は、自分は将来なにがしたいとか、なにが好きかというのをあまり考えませんでした。周りに流されて、気づいたら大学の経済学部に入ってて。生き物や空想の世界が好きっていうのに、経済ですよ! あっ、経済も生き物ですね(笑)。ほんとに自分でも不思議でした。
絵も絵本も好きだったんですけど、ずっと描いていくうちに、自分で描きたいのは、絵(タブロー)ではなく、絵本だと思ったんです。それは、ストーリーのあるような、その先があるような絵が好きだったから。そんなこともあり、大学生のときに、なんとなく講談社の絵本新人賞に応募しようかと思ったことがありました。でも、結局描きあげられずに、そのままふつうに就職しました。銀座にある宝飾関係の会社で、美術品を担当。展覧会などの祭事をお世話する仕事です。
——人生は一度きり、自分に正直になって、絵本作家への道にチャレンジ!
楽しい仕事だったんですが、そこで創作をしている方々と接しているうちに、「私も創りたい!」という思いがどんどん強くなっていったんですね。自分のやりたいことはこれ! それは、子どものころから好きだった、絵本を創ること。4年間勤めた会社を辞め、絵本を創る道を志すことにしました。
それから、絵本の専門学校には1年通いましたが、ほとんど実になりませんでしたね。その後、朝日カルチャーセンターの絵本講座にも通いました。講師は高橋宏幸先生(故)でした。ここでは、具体的に絵本の作り方を学ぶことができました。絵本は4の倍数のページだてになっていること。24ページか32ページのものが多いとか、構成とかもろもろですが、そんなこともわからないまま、やっていたのか! とあきれるほどなにもわかっていませんでした(笑)。分かりやすく指導してくださったので、ストーリーをつくってはラフスケッチにして授業に持っていっていき、先生からアドバイスを受けました。『ぼくはカメレオン』は、そのころの構想作品のひとつです。
朝日カルチャーセンターで2年間で描きためたものを見てもらうために出版社へも持ち込むことにしました。でも、「君の絵は日本の子どもたちには絶対受け入れられないと思う」とか「日本人なのに、こんな絵なんて解せない」といわれることもあって、悲しい気持ちで帰ったこともありましたよ。
でも、持ち込みを始めてわりとすぐに、「この人にまた見てもらいたい!」と思う編集者の方(Aさん)に出会いました。かなり厳しいことをいわれましたが、いいところはほめてくれたんです。出版社に持っていって「こういうの売れないんだよ」といわれてしまえばそれまでなんですが、その方は、私の作品を興味深く見て、率直な意見をいってくれました。編集者との出会いは、その後を左右すると思います。とても頼もしく大事な存在です。結局、デビュー作は、この方のいる出版社にお世話になったんです。
絵本のなかにも登場する愛犬のコルビジェくん。アトリエの主。
——トライ! トライ! トライ!
スロヴァキアの絵本作家ドゥシャン・カーライとの出会い
板橋区立美術館(東京都)では、毎年イラストレーターを対象に、絵本制作に関して専門的な指導をしています。「夏のアトリエ」といいますが、私もその会の第1回目に受講生として参加しました。そのときの講師はなんと、スロヴァキアの絵本作家ドゥシャン・カーライさんだったんです! 朝から晩まで制作を共にし、恵まれたときを過ごすことができました。絵に深味を出したいと思っていたところ、彼は「画材はアクリルガッシュがいいんじゃないかな」とすすめてくれました。これが転機となりました。でも、それまでは透明水彩で、アクリルガッシュは使ったことがなかったから、変更は簡単じゃなかったです。何度、透明水彩に戻りたーい、と思ったことか。でも、うまく使いこなせたら“たしかに自分に合う“という感触があったので続けました。
板橋区立美術館では、イタリアのボローニャで毎年開催されている絵本原画コンクールの入選作品の展示をやっています。それまでも展示は見たことはありましたが、自分で応募しようとは思ってもみませんでした。そこで美術館の学芸員の方が、ボローニャ展への応募のしかたや、海外への売り込みの方法を教えてくれました。応募方法を知っただけではなく、それ以外にも大収穫の「夏のアトリエ」でした。ここで刺激を受けたから応募してみる気持ちになったんです。まずは、5枚絵を描いてボローニャ展に応募してみました。1998年のことです。
——トライ! トライ! トライ!
名編集者・マイケル・ノイゲバウアーとの出会い
そのときは残念ながら入選しなかったんですけど、ボローニャがおもしろそうだったので、ツアーでいってみることにしました。いく前にいろいろ調べていたら、世界的に活躍されているマイケル・ノイゲバウアーさんという編集者のことを知ったんですね。その方の編集した本がとても素敵だったので、「この人に自分の作品を見てもらいたい!」と思ったんです。
ボローニャで、朝一番で絵を見てもらう列に並んだのですが、順番が回ってきたときマイケルに、「君の絵覚えているよ」といわれてびっくりしました。マイケルは応募された絵すべてに目を通していて、そのときに私の絵を見て面白いなあ、と思っていたらしいんです。そのときに見せたのは『ぼくはカメレオン』のダミー本とその原画5枚だったのですが、「これはいい絵本になるから仕上げてごらん」といわれました。彼が日本にくるまでに、ということでした。
そして4か月たって、マイケルが日本にきたときホントに、「どう? 仕上がった?」と空港から電話がかかってきたんですよ! しかしそのときは、まだ思うように仕上げることはできず、結局会えませんでしたけどね。
——名編集者とのやりとり
次にマイケルに会えたのは、2001年に板橋美術館で開かれたワークショップ。そこでマイケルと再会し出版が決まったんです。そこからメールなどで打ち合わせをしたり、仕上げたもののカラーコピーを渡してそれにコメントをつけてもらったり、という作業が始まりました。
彼はとてもホメ上手なんです。やる気を起こさせてくれる。たまに向こうがいう意味がわからなかったときに質問すると、納得できるように返してくれます。
迷いがなく的確なんですね。悩まないし、煮詰まらないんです。直感的にわかるみたいですよ。絵は結局そこから全部描き直し、各国版(米、英、仏、和蘭、伊、日、独)への翻訳をして、2003年に出版されることになりました。構想から4年かかってるんですよー。
マイケルとの会話は、筆談ならぬ絵談で……(笑)。マイケルが、私のつたない英語を理解してくれています(笑)。いまは通訳をしてくださる方がいますが、私自身も英会話18年勉強していますよ。彼にはとても仲良くしていただいていて、何年か前、いっしょにキリマンジャロまでいきました。向こうは登山2回目、私は初心者……。私は中腹で断念です。マイケルは頂上制覇しました。すごいですよね。
——「よく見る」ことのたいせつさ
絵は、全くの我流ですが、絵を描くときに心がけているのは「よく見る」ことです。絵本作家としてデビューする前、Aさん(前出の編集者)に、「イメージで描いてるでしょう?」といわれたことがあったんですね。「本物をよく見なさい」とアドバイスされて、そう心がけるようになりました。本物をきちんと知ったうえでのデフォルメならいいけれど、最初から崩してはいけないということです。私の描くキリンやカバは、キャラ化されていたのかなあと、いまになって思います。まあ、自分で創ったキリンやカバになっていたんです。
それから動物園に通い、いろんな動物を描き、公園に通って子どもたちの姿を描き、くる日もくる日もスケッチしまくりました。
本物をよく見て描くと、たしかに自分でも違いを感じました。本物を見て、構造をちゃんと知って描くのと、なんとなく描くのとでは、まったく違う絵になるんです。
いまでも、「よく見る」ことを心がけて絵本をつくっています。『おんがくかいのよる』では、ねずみたちの楽器を、『ひっこしだいさくせん』では家の模型を実際につくって、それを見て描きました。それぞれの世界をきちんと表現するために。
——絵本のアイディアはどんなふうにでてくる?
絵本のアイディアは、じっくり考えてもなかなか出てきません。考えようとしてもダメ。明け方、お布団のなかでうつらうつらしているときや、散歩しているとき、お風呂に入っているときなど、なんとなくボーっとしているときに、とつぜんむこうからやってくるんです。家事やってるときは全くダメです。アイディアって、いつ降ってくるかはわからないので、メモ帳はいつも持ち歩くようにしてますね。
仕事部屋には「おはなしのたねばこ」という箱があって、書いたメモはその箱に入れておきます。メモは、言葉や文章だったり、絵だったり、いろいろですね。てんでばらばらです。箱の中でしばらく寝かせておいてから、改めてメモを見てみると、あら、こんな言葉が! なんて新鮮に感じることもあって。ぜーんぜん意味不明なものもありますよ!
私の場合、お話を考えるときに映画のように映像が一緒に浮かんで、両方が一緒に進んでいって出来上がります。それを絵本にするときには、どの場面をどの角度で切り取ってページに持ってくるのか、という作業をするんです。短編映画を撮る感覚なので、最初のプロットは膨大。そこから削ぎ落としていくんですね。
思いついたことを「おはなしのたねばこ」にキープ。紙の切れ端にアイディアがいっぱい。
——これから絵本を描いてみるという方へ
編集者に見てもらうって、すごく勇気がいることかもしれませんが、あまり深刻になりすぎないように、いろいろチャレンジするといいと思います。自分が面白いなあと感じる方へと歩いていったら、いつか、同じことを面白いなあと感じる編集者に出会えるかもしれません。私自身これまで理屈じゃなく感覚で生きてきて、これ、という答えはありません。それぞれに合った編集者に出会えるといいですね。
─講談社から刊行されているたしろちさとさんの絵本―
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講談社の創作絵本
『クリスマスのおかいもの』
たしろちさと/作
はなちゃんとりすこちゃん、があお君の3人は、クリスマスのお買い物にでかけました。楽しい買い物のあとは、プレゼントを交換してクリスマスのパーティーです。 |
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