わたしはこうして獲りました!
絵本新人賞インタビュー
山下ケンジさんの場合・前編

山下ケンジ(やました けんじ)
1959年東京都生まれ。『しろへびでんせつ』で第16回(1994年度)講談社絵本新人賞受賞。作品に『ぼくのうたをきいとくれ』『ジロがなく』『おまけのひろせくん』など。
——新人賞を受賞されてから干支がひとまわり以上しましたね。今度、『ジロがなく』が新装版になるのも、この部署に出戻ってきた元担当者としては感慨深いものがあります。インターネット上の読者の熱い声に応えたということですが、そういう声があることはご存じでしたか?

 インターネットをそんなに見ないので、ぼくは知らなかったんです。この作品も10年も前の作品ですから、それだけの間、たくさんの人にこの絵本のことを心にとめていただけたことは、ほんとうに嬉しいですね。 最初に刊行したとき、子どもからエンピツ書きの「ジロがへんな声でなくのがおもしろい」って率直に書かれた読者カードがきてすごく嬉しかったんですけど、そういう子が忘れないでいてくれたのかな、なんて思います。


——『おおかみ・ゴンノスケの腹ペコ日記(3) テツガクうさぎに気をつけろ』では、『あらしのよるに』シリーズのきむらゆういちさん(文)とコンビを組まれました。オオカミとうさぎの関係が、男の子と女の子の関係に重なる、とってもおもしろい作品ですね。

 たくさん絵の候補者はいらしたみたいなんですが、きむらさん直々に選ばれたと聞いて、感謝感激でした。自分の感性に合うっていうんでしょうか、おもしろがって、読んだままに絵を描かせていただいてます。ただ、せりふと会話のテンポのよさをこわさないよう気をつけました。ひとの作品に、絵をつける本格的な絵本は、このシリーズが初めてなんですが、おかげさまでとてもスムーズにいきました。


——山下さんが「絵本を描こう」と思われたきっかけはなんだったんですか? ずっと絵本がお好きだったんですか?

 美術系の大学でしたが、学生時代にもとくに絵本に興味をもった覚えはありません。社会人になってしばらくして身体をこわしたんです。その療養中に近所の図書館のカウンター近くに、おすすめの本として確か長新太さんの『キャベツくん』(文研出版)という絵本が置いてあるのに目を止めたのがきっかけです。「へっ、絵本ってこんなことができるんだぁ!」と驚いて、まず長さんの絵本から読みはじめたんです。それから佐野洋子さん、長谷川集平さん、片山健さんなどの絵本に出会って、へんに聞こえるかもしれませんが、ほろってくるっていうか泣けてきたんですよね。


——具体的には、どんな作品でしょう?

 佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』(講談社)、長谷川集平さんの『はせがわくんきらいや』(ブッキング)、片山健さんの『どんどん どんどん』(文研出版)とかですね。片山さんのは、ふつうの意味で泣けるというのとはちがうんですが、すごい力が画面からあふれでていて、元気をもらったというか。心も身体も弱っていたこともあるんですが、その力強さにふれて涙がでてきました。


——すぐ自分でも絵本を描こうと思われたのですか?

 最初はイラストだけ。もともと描くのは好きでしたから。身体をこわした当時は、もう好きなことだけをやりたかったんです。家にいてできること。でもイラストの仕事は、注文を受けてはじめて成立するものなんで、自分の個性やスタイルを確立するにはちょっと時間がかかるかなあと。自分にはそれだけの時間がないかもしれないと思ってました。絵本なら、絵と文をミックスしてできる。最初から自分のスタイルでできると気がついたんです。


——自分に絵本を描けるか、どうかということは考えましたか?

 もう描けると思いこんでましたね(笑)。それですぐ絵本の公募に応募することにしたんです。公募ガイドという雑誌を買って、調べたら一番早かったのが講談社の絵本新人賞でした。


——「傾向と対策」みたいなことは何かなさいましたか?

 してないですね。まだ今みたいにインターネットで、情報がばんばんあるという時代じゃなかったので。それがかえって良かったと思います。でも第14回受賞のあきやまただしさんの絵本が刊行されたばかりだったので、それは読みました。「ああ、いいな」と気に入りましたけど、こういうのは自分には描けないなとも思いました。
 それに、ぼくが選考委員だったら、見たことがあるような作品よりは、見たことがない作品のほうがぜったいにインパクトがあるだろうと思っていました。
 だから、見たことのないものを見せよう。「気持ちわるい」とか「こわい」といわれてもいいからガツッとくる、自分の中にある、ドロくさいものを出そうと。きらいな人もいるけど、そのほうが目にとまるはずなんです。まあ、きれいでうまい絵が描けないから、そういうこと考えたってこともありますけど(笑)。


——最初に出された作品『なつの ひ』がいきなり佳作になったんですよね。乱暴にいえば、夏の日に、木の下で昼寝をしたら、とってもきもちよかったって話ですね。無手勝流というか、思う存分描いたという感じと、その夏の昼寝のきもちよさがすごく伝わってくる作品でした。

 佳作に入ったという連絡をもらって、正直びっくりしました。「これでもいいんだ!」と思いましたね。あとで聞いた話ですけど、編集部で最終選考に残すかどうかという段階で、ちょっともめたらしいですね。でも強く押してくれた人がいたおかげで残ったんだって。そこで落ちてたら、もちろんここにもいないわけで。そのときは電話口で、もう、すぐ、来年も出そうって決めました。


——それで翌年に『しろへびでんせつ』で、みごと新人賞をとられるわけですね。

 佳作に入ると授賞式に呼んでもらえるんですね。そのときの選考委員の方がおっしゃったのは、「プリミティブな力がある。絵本としてもっと洗練されてくるといい。」ということでした。
 これは構成とかをもっときちんとして、出るところと引くところの抑制をきかせなさいということだと理解しました。それで『しろへびでんせつ』と『プレゼント』という作品を作って応募したんです。でも、このふたつの作り方はまったく違っています。
『しろへびでんせつ』は、『なつの ひ』の延長線上で、自分の子どものころ楽しいと感じた感覚を作品にこめようとして作ったもので、あまり考えないで、すっと描くことができました。
 逆に『プレゼント』は、かなり絵本としての構成を考えて作りました。


——ふつうひとつの作品を作るのがたいへんで、その中に言われたことを全部つめこんじゃうんですけど、方法論によって作りわけたんですね。どちらもハイレベルの作品で、最終選考に両方残りましたね。

 どっちかを見てくれるだろうと思っていました。『しろへびでんせつ』が受賞したと聞いて、もちろんすごくうれしかったんですが、ちょっと意外な気もしました。自分ではどっちも好きだったんですけど、『プレゼント』のほうが構成にも絵にも時間をかけてましたから。


——えてしてそういうものじゃないでしょうか(笑)。授賞式とか、選考委員の先生の言葉で覚えていることはありますか?

 質問の趣旨と外れると思うんですが、授賞式の後、パーティーがあって、さらに児童文学新人賞との合同の2次会がありました。そしたらその席上で、選考委員の先生どうしで喧々囂々の議論になったんですね。それがすごく新鮮で、「やっぱりそうだよな。創作する人はこういう風じゃないとな。」と思いました。
 ふつう嫌われるのがいやだから言わないじゃないですか。でも「嫌われること」を恐れていては始まらないんですよね。ものを作る場合。
 自分のなかにあるものが、たとえ他人に嫌われそうな極端に言えばグロテスクなものでも、ほんとうに切実なものなら、そういうところを見てくれる人はきっといると思うんです。ぼくの場合、拾ってくれる人が現れて、受賞につながったのはほんとうにラッキーだったと思いますけど。
 見ていてくれる人はどこかにきっといる。だから「あきらめないほうがいいですよ。」と。これだけは、絵本新人賞に応募しようという方にメッセージとして伝えたいと思います。


(来月に続く。次は作品制作のプロセスについて伺います。/インタビュー場所:講談社)

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